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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(あ)1407号 決定

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中二二〇日を本刑に算入する。

理由

被告人及び弁護人佐藤充宏の各上告趣意は、いずれも、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

所論にかんがみ、職権をもつて、本件につき刑法二二八条の二の規定を適用すべきかどうかについて判断する。

第一審判決及び原判決の各認定事実を基本とし、これに本件証拠に現われた諸事情を参酌すると、次のとおりの事実関係であることが認められる。

被告人は、沖縄県内で外交販売員をしていたものであるが、身代金目的の誘拐を行うことを決意し、昭和五二年一一月一六日午後二時ごろ、那覇市泉崎一丁目一番地の市立開南小学校正門前において、同市にある株式会社国場組の役員国場幸治の長女で小学校一年生の国場真美子(当時六歳)に対し、母親から頼まれて迎えにきたなどとの嘘を告げて、同児を被告人の運転する普通乗用自動車に乗車させて誘拐した後、同日午後一〇時過ぎごろまでの間、那覇市及び沖繩市周辺をドライブしたりしながら身代金の交付要求の方法を考えているうちに、その決意がにぶり、右要求を断念して同児をその両親のもとに返還しようと考え、同日午後一〇時一五分ごろ、同県中頭郡西原村内の公衆電話で那覇市松尾二六三番地の二の同児の自宅の父親に対し、「真美子ちやんは自分が預つている。申訳ないことをした。一五分以内に車から降ろして、その場所を連絡する。」旨告げた後、同日午後一〇時二〇分ごろ(原判決は午後九時二〇分ごろと判示しているが、誤りと認められる。)、同村字呉屋一一四番地小波津武司方の裏塀のそばで、県道三八号線から約二六メートル入つた、片側に西原中学校の校庭と他方の側に民家数軒がある簡易舗装の脇道上に同児を車から降ろし、「パパに電話してすぐ迎えにきてもらうから、ここで待つていてね。」と告げて同児のもとから立ち去り、同児を解放した。その結果、同児は、同日午後一〇時三〇分ごろ、たまたま同所を通りかかつた付近住民の呉屋定三に発見されて同人方に保護救出され、次いで、同日午後一一時四〇分ごろ、同人の連絡により迎えにきた父親に引き取られた。一方、被告人は、同児を解放した後、その解放場所を同児の自宅などに通知するため種々努力した。すなわち、被告人は、解放後ただちに西原村役場前に行き同所の公衆電話で同児の自宅に電話をかけたが通じなかつた。そこで、西原ドライブイン前に行き同所の公衆電話で電話をかけたが、やはり通じなかつた。次いで、沖繩市嵩原、同市コザ高校付近、同市吉原入口前などから再三にわたつて電話をかけ、同日午後一一時四〇分ごろ、ようやく電話が通じたが、同児はすでに前記のとおり呉屋定三方に保護されていた。被告人からの電話が通じなかつた原因は、記録上明らかでないが、同児が前記呉屋方に保護され、同人方と同児の自宅との間及び同宅と警察署との間などで種々電話連絡が行われ、これらの通話と重複したことなどによるものと推認されるのである。

そこで、被告人の右解放行為が刑法二二八条の二にいう「被拐取者ヲ安全ナル場所ニ解放シタ」という場合にあたるかどうかについて考えてみると、同条にいう「安全ナル場所」というのは、被拐取者が安全に救出されると認められる場所を意味するものであり、解放場所の位置、状況、解放の時刻、方法、被拐取者をその自宅などに復帰させるため犯人の講じた措置の内容、その他被拐取者の年齢、知能程度、健康状態など諸般の要素を考慮して判断しなければならないものである。それとともに、右規定は、身代金目的の誘拐罪がはなはだ危険な犯罪であつて被拐取者の殺害される事例も少なくないことにかんがみ、犯人が自発的、積極的に被拐取者を解放した場合にはその刑を必要的に減軽することにして、犯人に犯罪からの後退の道を与え被拐取者の一刻も早い解放を促して、右のような不幸な事態の発生をできるだけ防止しようとする趣旨に出たものであることなどを考慮すると、解放の手段、方法などに関して、通常の犯人に期待しがたいような細心の配慮を尽くすことまで要求するものではなく、また、前述の「安全に救出される」という場合の「安全」の意義も余りに狭く解すべきではなく、被拐取者が近親者及び警察当局などによつて救出されるまでの間に、具体的かつ実質的な危険にさらされるおそれのないことを意味し、漠然とした抽象的な危険や単なる不安感ないし危惧感を伴うということだけで、ただちに、安全性に欠けるものがあるとすることはできない、と解するのが相当である。

これを本件についてみると、被告人が被拐取者真美子を解放した場所は同児の自宅のある那覇市から直線距離で数キロメートル離れ、同児にとつて全く地理不案内の地域であつたこと、解放の時刻には人通りの少ない寂しい場所であつたこと、解放後も同児の安否を見守るなどしないで立ち去つていることなどを考えると、解放の場所、時刻、方法は必ずしも適切と認められるものではなかつたといわなければならない。しかしながら、解放地点は、農村地帯の県道から少し入つた脇道上で、民家のそばであり、右県道及び脇道沿いにはほかにも民家などが散在しており、場所自体が危険なものであるとは認められず、通行人の少ない時刻であるとはいえ、これらの民家の者らによつて救出される蓋然性も見込まれるものであつたこと、被告人は、解放に先立つて同児の自宅に対し、一五分以内に解放して解放場所を通知する旨予告し、解放後ただちに解放場所を通知するため前記のとおり種々努力したこと、被告人がした右通知行為は、同児がまもなく通行人に発見、救出されたことに伴う通話の重複などのため効果をあげ得なかつたが、通行人による救出という事情が存在しなかつた場合においても、解放場所の位置及び状況並びに被告人の右努力の内容などに照らすと、同児はその両親及び警察官などによつてそれほど長い時間の経過をまたずに救出され得たと認められ、その間、危険は皆無とはいえないが、その短時間内に同児が具体的かつ実質的な危険にさらされる実際上の可能性ははなはだ僅少であつたと思われることなどを総合すると、原判決指摘のその余の事情を考慮にいれても、被告人の本件解放行為は刑法二二八条の二の要件を充たすに足りるもの、と認めるのが相当である。

そうすると、本件について右規定の適用を認めなかつた原判決には法令の違反があり、これが判決に影響を及ぼすものといわなければならないが、原判決の量刑は、本件犯行の動機、態様、犯行により被拐取者の両親に与えた憂慮、地域社会に与えた不安や衝撃などを考慮し、その他この種事犯に対する量刑の一般的実情などに照らすと、刑法二二八条の二の規定の適用を肯定する見地に立つてもなんら重すぎるものとは認められないから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められず、本件はいまだ刑訴法四一一条を適用すべき事案であるとはいえない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(高辻正己 江里口清雄 環昌一 横井大三)

被告人の上告趣意〈省略〉

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